上田交通別所線(長野県上田市)


 1984年4月8日/ペンタックス??(35ミリフィルム一眼レフ)

 今ではしなの鉄道となってしまった旧信越本線上田を起点に,温泉地別所温泉を結ぶ上田交通別所線の,24年前の姿である.
 この時筆者は,その年の春に小学校を卒業したばかりで,その記念に1泊2日の鉄道散策旅行を敢行した.行程は,大宮で当時昼行であった特急「鳥海」にに乗車しまず加茂で下車,これも当時全線健在だった蒲原鉄道に乗車して五泉,そのまま直江津の手前の黒井で下車して頸城鉄道跡を探索,ただしこの時は日も暮れた後に駅跡の広場と何の建物か不明の廃屋を見ただけでその場を後にした.その日は直江津に宿を取り,翌朝糸魚川の東洋活性白土(別項で既に紹介)から長野電鉄と上田交通を訪問し横軽を経て大宮に戻るというものであった.
 今考えると大変惜しまれる行程であった.というのは,行程の途中にはこれ以外にも幾つもの今となっては貴重なスポットが存在していた筈なのだ.近年廃止された新潟交通や,越後交通長岡線・栃尾線(跡),更にもう少し足を伸ばせば頸城鉄道の遺構も当時であれば現地にもっと残っていた筈だ.長野電鉄も本線しか乗っておらず,東洋活性白土に至っては既にご覧いただいた通り写真1枚しか撮影していない.まだ残存していた工場の構内は一通り眺めただけで探索しておらず,構外の軌道も残っているのをこの目で見ているにも関わらず辿ることすらしていない.今であれば,工場内も構外軌道も隅々までつぶさに観察し,写真も数百枚は撮影していたであろうのに,当時は車両にしか注目していなかったためで,東洋活性白土も車両が残っていると聞いて行ったのだが,現地で「車両はもうない」と聞かされてがっかりしたまま帰途についてしまったのだ.後に聞いた話では,筆者が訪れてから僅か数週間後に工場は更地になり,糸魚川駅とを結んでいた軌道は全て撤収されてしまったという.あの時,車両はなくとも線路その他の施設はあったのだから,全て見て撮影しておけば良かったと,本当に悔やんでも悔やみ切れない.
 話を上田交通に戻すが,当時まだ架線電圧も600ボルトで,「丸窓電車」としてある程度人気はあったが,田舎のローカル私鉄で近代化も殆どなされておらず,良い雰囲気の長閑な路線であった.終点の別所温泉までをその丸窓電車で往復,帰路に車庫のある中塩田で途中下車して見学と撮影をした.ここではさすがに廃車体まで撮影をしている.雪国の春の早い夕暮れが近付いた時刻であったため,程良い雰囲気の写真に出来上がっている(写真の腕がいまいちではあるが).
 この数年後,別所線は架線電圧を1500ボルトに上げ,同時に車両も全て親会社である東急のステンレス車に入れ替えられた.長閑な車庫のあった中塩田からは車庫は廃車体もろとも撤収され,極めて機械的な新しい車庫が上田原に新設された.あの丸窓電車も保存されるにとどまり,現役ではなくなった.
 筆者の訪問など大した価値もないと思っているが,こうして見ると多少は貴重な記録になっているものだと感慨深い.前述の蒲原鉄道も,既にない.


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上田交通別所線
東急5000形を改造したクハ.別所温泉にて.
上田交通別所線
有名な「丸窓電車」.
上田交通別所線
元東急のクハとこの丸窓電車との2両編成が往復した.
上田交通別所線
中塩田の庫に休む車両.
上田交通別所線
 
上田交通別所線
電気機関車.
上田交通別所線
有蓋貨車の廃車体.
上田交通別所線
木造客車の成れの果て.元国電か.
上田交通別所線
救援者代わりになっていた電車.架線作業車を連結している.
上田交通別所線
廃車体その1.
上田交通別所線
廃車体その2.
上田交通別所線
赤い塗色の車両.
上田交通別所線
元東急の車両.
上田交通別所線
引き上げ線に留置の車両.

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