「柏屋陶器店」(埼玉県所沢市)


 2002年3月4日/九州松下電器KX−HF300付属

 埼玉県所沢市の中心部,通称「ファルマン通り」にあった,「柏屋陶器店」という陶器店の専用軌道.通り沿いの木造の店舗の脇に,歩道と店舗敷地との境界線を起点として通りに直角に奥に伸びていた.延長約50メートル.
 この付近にはもう一つ同様の軌道がありそちらの方が有名なのだが,こちらは筆者の知る限り書籍等にレポートされているのは見たことがない.実は筆者も有名な方は何度か足を運んでいたのだが,他にも似たような雰囲気と造りの商店が数軒あり,仕事やプライベートで時折通る道だったので通る際は注意深く観察していた.ある日,その通りを車で走っていると,有名な方と殆ど同じような造りの商店を見掛け,その脇の観音開きの扉の奥に2条の軌条が僅かに見えているのを見逃さなかった.
 仕事中にも関わらず早速車を近くに路駐し,携帯電話を持ってその商店に駆け込んだ.そこは昔ながらの陶器を売る店で,昔良く見掛けた木造の店舗だ.中にいた主と思しき老人に声を掛け,見学を申し出ると快い返事.
 軌道は通りから見て店舗の左手に敷かれており,前述の通り表通りの歩道脇から伸び,店舗右奥にある倉庫と言うか物置までの,測ってはいないが50メートルあるかないかの距離であった.軌間は500〜600ミリ程度と思われ,軌条は細い.線路敷は石畳状で最近のお洒落な街の路面電車のよう.写真が不鮮明で判別はできないと思うが,倉庫の手前に平貨車が1両留置してある.15〜20センチ径の車輪に車軸,板1枚で構成されている車両で,筆者が訪れた時は大きな石が載せてあった.車両はこの1台のみであるようだった.
 終点の倉庫には入り口に扉(と言っても一般家屋用のドアだが)が設けてあり軌道上からは倉庫に入れないが,扉の脇は壁もなく出入り自由であったので中を覗いてみた.真っ暗な倉庫内は数メートルで軌道は終わっていて,特に車両も見当たらなかった.
 軌道を数往復して観察し,撮影して店舗にいる老人に礼を言いがてら話を聞いてみる.軌道も車両もその老人と老人の父親との自作で,レールはかつて付近にあった米軍基地の軌道の払い下げ品である由.現役であり,昔程ではないが時折使用しているらしい.
 老人に礼を述べ仕事に戻った.改めて時間をかけて見学・撮影しようと思っていて,しかもその近辺には仕事等で頻繁に来ていたにも関わらず,「すぐ来れる」との油断からなかなか再訪の機会がなかった.正直忘れかけてもいた.そのうち,街の様子が徐々に変わっていることに気付いた.アーケードに軒を連ねていた古い商店が次々消え,白い大きな幕が張られていた.「ああ,再開発をやるんだな」.その程度にしか思っていなかった.
 完全に軌道のことは忘れていた.ある日そこをいつものように車で通りかかった時,まさに「あっ」と気付いた.有名な方も,今回採り上げた方の商店も,それがあった場所には白い幕が張られ,店舗の建物など跡形もなくなっていた.「しまった…」.時既に遅く,軌道諸共瓦礫と化し,その瓦礫も既になく更地になっていた.場所を勘違いしたのかと都合の良い方に考えて付近を探してもみたが徒労に終わった.
 身近にある物ほどなくなった時に気付かないものだ.こんなにも身近に存在した貴重な軌道の最期を見届けることができなかったことを悔やんだ.  
 あれから3年半,今では通り沿いには小綺麗なビルやマンションが建ち,軌道のあった商店も含め古い建物はことごとく姿を消していた.筆者も仕事の関係で所沢を離れてしまったが,今でも悔やまれてならない.
 写真はその時に当時持っていた携帯電話で撮影したものであるが,何分携帯電話のカメラである.解像度が極端に悪いのはご容赦願いたい.画像処理ソフトを用いて輪郭強調の上シャープネスをかけてみたがどうか.

 写真をクリックすると拡大します.
柏屋陶器店
石の軌道敷.奥が倉庫,後ろ側が表通り.
柏屋陶器店
軌間は500〜600ミリ程度と思われる.
柏屋陶器店
拡大すると何となく判るが,中央やや上に白く写っているのが平トロに積まれた大きな石.

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