東京大学秩父演習林軌道入川線(埼玉県秩父市)
2009年10月30日/キヤノンEOSKissX3
奥秩父の山奥に今もひっそり佇む軌道がある.東京大学の秩父演習林,その中にかつて使われた林用軌道である.
筆者がこの軌道の存在を知ったのは,今から30年近く前にNHKで放映された「小さな旅」という紀行番組で採り上げられたのが最初である.ある鉄道好きな青年が,各地の鉄道を追い掛けていた最中に不慮の事故でこの世を去った,その足跡をその青年の肉親が辿る…そんな内容の回だったと思う.
秋も深まる秩父の山中の枯れ草に埋もれて佇む細い線路が映し出された画面(恐らく,本稿の写真で紹介している交換設備の場所)を,今でも鮮明に思い出すことができる.それ程に筆者にとっては印象に残る番組であった.
しかし当時はおろかつい最近までこの地域は交通の便が悪く,増して自家用車も持たない幼少の身であった筆者に彼の地を訪れる術もなく,またそれを紹介する書籍も見当たらず,実際に訪れるのは20年も経ってからのことであった.
初めて訪れたのは1999年の秋,丁度その番組が撮影されたのと同じような風景がそこにはあった(なお,この時の写真はまだデータ化しておらず,時を改めて紹介したい).
それから更に10年目の今秋,妻子を連れての紅葉見物の際に立ち寄った.
中津川や滝沢ダム近辺での紅葉を楽しんだ後,国道140号の入川から脇道に入る.未舗装の山道を中津川沿いに下り,釣り場で車を降りる.道はそこから先,東京大学の所有地になり,車の乗り入れはできないため徒歩で進む.
この年の夏に付近で熊が目撃された旨の立て看板が登山者に注意を呼び掛けている.我々も気を引き締める.「軌道まで1.4キロ」の案内板を見ながら山道を歩く.と言っても登山道としては緩く,山を散策するような気分である.
岩場を大きく回り込む曲線を右に行くと,足下に土に埋もれた枕木の列が現れる.かつてはここから軌道が続いていたようだ.また,左手の路肩には,軌道の線路を利用したと思われる簡易な柵が断続して設置されている.
枕木を踏み締めながら更に行くと,何もない所から軌道が始まっている.但し線路は右側だけで,左側の線路は崖下に落ちている.残った右側の線路も土と枯れ葉に埋もれて辿るのが困難な程.左側の線路は残存していたり落ちていたりと散々な状況である.恐らく路肩は現役時代より大きく削られたり崩れたりしていると思われる.土壌が崩れて宙吊りになっている箇所も少なくない.
番組で見た交換設備は,20有余年の時を経てしっかり残っている.ただ,全体的に軌間が広がっている.左側の線路が崖側に引っ張られているためのようである.場所によっては標準軌程にも広がっている.本来は600〜700ミリ程度の筈である.
熊の出現を気にしながら更に進む.軌道は架け替えられた橋梁部分以外は概ね存在しているが,片方或いは両方の線路が大幅にずれていたり,土に埋もれて見えなくなったり,宙吊り・流出の箇所も散見される.状態は決して良いとは言えないが,数十年もの歳月が過ぎていることを考えれば十分な保存状態ではある.
30分程歩いた辺りで引き返す.軌道はその先も続いているようだったが,この地に着いた時点で日は傾いており,引き返す時間を考えるとその辺りが限界であった.辺りも薄暗くなってきており,その先も気になるが致し方ない.
車を停めてある釣り場に戻った時は周囲は既に暗闇の一歩手前であった.この引き返しの微妙な判断は特に意識した訳ではないが,廃線を求めてしばしばこのような山奥に入っていることで知らぬ内に身に付いたようである.
暗闇の中を国道140号まで進み,秩父の名湯「武甲温泉」で登山の疲れを癒して帰路に着いた.
写真をクリックすると拡大します.
左に下ると軌道のある林道.
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ここにはまだ軌道の痕跡はない.
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線路がこのように利用されている.
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ここを曲がった先から枕木が続く.
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土に埋もれた枕木が続く.
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外された線路が路肩に埋もれながら引っ掛かり,図らずも土留めになっている.
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線路はここから始まっていた.
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崖側の線路は崖下に大きくずれて落ちていた.
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番組で見た交換設備の部分.
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ほぼ完全に土に埋もれているが,分岐器も残っている.
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周囲は美しい風景に包まれている.
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線路脇に放置された線路.
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途切れてはまた始まる線路.
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土と枯れ葉に埋もれて.
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軌道は急峻な山腹に敷設されている.
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外された線路が宙吊りに.置かれた場所の土が削れてしまったのか.真下は深い沢.
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丸太で組まれた橋.道床のようにも見える.
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谷底まで数十メートル.
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一見普通の登山道である.この枯れ葉の下に線路が残る.
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各所に立てられている看板.
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